日本の仏教って

「おかしい」

って噂、耳にしたことありませんか?

お坊さんが、お肉を食べたり結婚したりしますよね!

神社でお参りすることもあれば、クリスマスまで祝っちゃう笑

でもそれって実は、世界でも珍しい独自の進化を遂げた結果なんです!

1500年もの長い年月をかけて、日本の風土に合わせて育まれた、とっても寛容な宗教文化なんですよ😌

おかしさの裏には、どんな驚きのストーリーが隠されているのでしょう?

この記事では、そんな日本の仏教の「なぜ?」を深掘りしていきます。

日本の仏教がどのように独自の道を歩んできたのか、その背景にある歴史や文化を紐解いていきますよ!

きっと、今まで知らなかった日本の仏教の魅力に気づけるはずです✨

 

日本の仏教はおかしいと批判される理由

日本の仏教に対して「おかしい」という声があがるのは、事実です。

SNSなどでも、そのような意見を見かけることがありますよね。

具体的には、仏教の基本的な教えである殺生禁止(せっしょうきんし)を、お坊さんが守っていないように見える点が指摘されることが多いようです。

お肉を食べたり🍖、お酒を飲んだり🍶、結婚したりする💍ことに対して、特に海外の上座部仏教の国々からは、仏教的ではないと捉えられることもあるみたいですね🧐

例えば、タイではお坊さんの肉食や結婚は絶対に禁止されています。

もし違反すればお坊さんの資格を剥奪されてしまうこともあるそうです❌

違反すればお坊さんの資格を剥奪されてしまうタイの僧侶のイメージ図解画像

一方、日本では平安時代に最澄(さいちょう)というお坊さんが「大乗戒(だいじょうかい)」という考え方を取り入れ、それまでの厳しい戒律を緩やかにしました。

さらに鎌倉時代以降には、お坊さんの結婚が一般的になったという歴史的な背景があるんです。

神社のお祭りにお坊さんが参加する姿も、海外の人から見ると

「多神教と混ざりすぎている」

と不思議に思われるみたいですね。

多神教と混ざりすぎている日本のお坊さんのイメージ図解画像

日本の仏教人口は約8400万人(2022年文化庁発表)と言われていますが、日々の生活の中で戒律を意識している人は少ないかもしれません。

お寺というと、葬式や法事のイメージが強いと感じる人も多いのではないでしょうか?

私は葬式や法事、お盆と正月くらいにしかお寺に行ってないですので、まさしくこのイメージなんですよね😅

信心深い方からしたら、やっぱりおかしく感じるのでしょうかねぇ…

  • 殺生禁止の戒律が緩い現状
  • 大乗戒で戒律が緩やかに
  • 葬式のイメージが強い?

日本の大乗仏教が独自進化した歴史とは!

仏教は、今から2500年ほど前にインドで生まれた宗教です。

それがシルクロードを通って中国に伝わり、6世紀ごろに朝鮮半島の百済(くだら)という国から日本に伝わってきたと言われています。

2500年ほど前にインドで生まれ、シルクロードを通って中国に伝わり、6世紀ごろに朝鮮半島の百済(くだら)という国から日本に伝わってきたという仏教の図解画像

飛鳥時代には、聖徳太子が仏教を国家を治めるために利用して仏教を広めました。

奈良時代には、東大寺の大仏(高さ約15メートル)が作られたり、国分寺や国分尼寺が全国に建てられたりして、国家仏教という体制が確立しました。

平安時代になると、最澄が天台宗、空海が真言宗という新しい仏教を中国から持ち帰り、密教が日本の山岳信仰と結びついて、修験道(しゅげんどう)という独特の宗教が生まれました。

クロ
クロ
この頃から、独自の仏教に変わり始めているんだね‼️

鎌倉時代には、法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗、道元の禅宗、日蓮の日蓮宗など、庶民向けの「鎌倉新仏教」が広まりました。

ここで仏教は貴族だけでなく、武士や一般の人々にも広まっていったんですね。

室町時代や江戸時代には、檀家制度が確立し、お寺が戸籍管理や葬式を独占する仕組みができました。

明治時代になって、神仏分離令が出され、一時的に仏教は衰退しましたが、その後、近代化を遂げて現在に至ります。

時代・時期 主な出来事 内容
約2500年前 仏教の誕生 今から2500年ほど前にインドで生まれた宗教
6世紀ごろ以前 仏教が中国へ伝来 仏教はインドで生まれ、シルクロードを通って中国に伝わった
6世紀ごろ 日本へ仏教伝来 朝鮮半島の百済(くだら)から日本に仏教が伝わった
飛鳥時代 聖徳太子が仏教を保護 聖徳太子が国家を治めるために仏教を活用し、日本で広まった
奈良時代 国家仏教の確立 東大寺の大仏(高さ約15メートル)が造られ、国分寺や国分尼寺が全国に建てられるなど、国家仏教の体制が整う
平安時代 新しい仏教の流入 最澄が天台宗、空海が真言宗を中国から持ち帰り、日本の仏教がさらに発展
 〃 修験道の成立 密教が日本古来の山岳信仰と結びつき、修験道(しゅげんどう)という独特の宗教が生まれる
鎌倉時代 鎌倉新仏教の広まり 法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗、道元の禅宗、日蓮の日蓮宗など、庶民向けの「鎌倉新仏教」が広まる
 〃 仏教の大衆化 仏教は、貴族だけでなく、武士や一般の人々にも広まる
室町時代〜江戸時代 檀家制度の確立 お寺が戸籍管理や葬式を担う仕組みが整い、仏教が人々の生活に深く結びつく
明治時代 神仏分離令による衰退 神仏分離令が出され、一時的に仏教は衰退

この1500年という長い年月の中で、大乗仏教の柔軟性が日本の風土にうまく適応し独自の進化を遂げたのです‼️

私たちに馴染み出したのは、900年前くらいからでしょうか?

思ったよりも短いような、長いような🤔

この時間の中で、時代によっては政治に取り入れられたり、うまく解釈されながら仏教が日本人の生活に適応していったのでしょうね⭐️

 

神道と混ざった日本仏教の驚くべき寛容さ!

日本の仏教の大きな特徴は、神道との融合である「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」です。

この考え方は、平安時代に広まった「本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)」というものに基づいています。

これは、仏様が本当の姿(本地)で、神様はその仮の姿(垂迹)であるという考え方です。

この考え方が、1300年近くも続いたんです‼️

私は今回、調べてみて初めて知りました(@_@)

平安時代には、独特な日本なりの宗教観ができ始めていたんだね‼️
シロ
シロ

例えば、奈良の春日大社には、仏教寺院が併設されていました。

平安時代には、神社に仏像が安置されることも一般的だったんです!

明治維新の神仏分離令によって強制的に分離されるまで、神社とお寺は一体だったみたいなんです。

現代でも、仏教徒の約8割が神社にお参りしたり(文化庁調査)、クリスマスやお正月を祝ったりするなど、宗教に対してとても寛容ですもんね☺️

神社とお寺は一体だったイメージ図解画像

この背景には、日本古来の八百万の神を信仰する考え方と、大乗仏教の『全てを受け入れる』という包容力が合わさった歴史があるんです。

世界的に見ても、1つの宗教が他の宗教とここまで共存している例は珍しいと言えるでしょう✨

日本の宗教人口の約半数が

「特定の宗教を信じていないけれど、複数の宗教行事に参加する」

と答えているのも、この寛容さの表れではないでしょうか⁉️

日本の仏教が「おかしい」と言われる背景には、大乗仏教の「柔軟性」と日本人の「現世志向」が深く関わっていたんですね😆

インドの原始仏教や東南アジアの上座部仏教が「出家して悟りを開く」ことを重視するのに対して、日本では鎌倉時代以降、「家にいても救われる」という教えが主流となり、庶民の生活に寄り添う形に進化しました。

例えば、浄土真宗の親鸞(しんらん)というお坊さんは「悪い人こそ救われる」と説き、厳しい戒律よりも信仰を重視しました。

この思想は、厳格な戒律が根付かなかった日本社会にマッチし、仏教が人々の日常に溶け込む基盤を作ったと言えるでしょう。

「家にいても救われる」という仏教の教えのイメージ図解画像

また、神仏習合の裏には、日本人のアニミズム(自然や祖先に神を見る感性)が大乗仏教の包容力と結びついた結果があるんです。

これが「お盆」や「お彼岸」といった祖先を大切にする風習にも繋がっているんですね!

余談ですが、現代の「葬式仏教」批判のルーツは江戸時代の檀家制度にあるみたいですよ笑

お寺が行政機能(戸籍管理)を担ったことでお寺=葬式というイメージが固定化してしまったんです。

お寺=葬式というイメージ図解画像

日本の仏教は変だという声を聞き、少し気になったので今回記事にまとめてみましたが、思った以上に興味深いテーマでした❣️

この記事が、私と同じように疑問を抱いた方の助けになれば嬉しいです😇

  • 神仏習合という特徴
  • 本地垂迹説が根底に
  • アニミズムとの融合